東京高等裁判所 平成7年(行ケ)51号 判決 1998年3月11日
東京都新宿区市谷加賀町1丁目1番1号
原告
大日本印刷株式会社
代表者代表取締役
北島義俊
訴訟代理人弁理士
韮澤弘
同
阿部龍吉
同
蛭川昌信
同
白井博樹
同
内田亘彦
同
菅井英雄
同
青木健二
同
米澤明
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
川上義行
同
石井勝徳
同
後藤千恵子
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成4年審判第4365号事件について、平成6年12月12日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年6月17日、名称を「ホログラムラベル」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(実願昭60-91260号)をしたが、平成4年1月23日に拒絶査定を受けたので、同年3月18日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成4年審判第4365号事件として審理したうえ、平成6年12月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成7年2月6日、原告に送達された。
2 本願考案の要旨
ホログラム形成層、反射性金属薄膜層、合成樹脂と前記合成樹脂を脆質化させる無機質微粉末とからなる脆質層、および接着剤層が順次積層してあることを特徴とするホログラムラベル。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案が、その出願前に公知の実願昭58-71552号のマイクロフイルム(実開昭59-178661号、以下「引用例1」といい、そこに記載された考案を「引用例考案1」という。)及び実願昭57-200685号のマイクロフイルム(実開昭59-102373号、以下「引用例2」といい、そこに記載された考案を「引用例考案2」という。)に記載された考案に基づいて、当業者が容易に考案することができたものであるので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願考案の要旨の認定、引用例1及び2の記載事項の認定、本願考案と引用例考案1との一致点及び相違点の認定、引用例考案2の認定の一部(審決書5頁8~14行、同頁19行~6頁5行)は、認めるが、その余は争う。
審決は、引用例考案1の技術課題の認定を誤る(取消事由1)とともに、相違点についての判断を誤り(取消事由2)、本願考案の有する格別の作用効果を看過したものである(取消事由3)から、違法として取り消されなければならない。
1 引用例考案1の技術課題の誤認(取消事由1)
審決は、「本願考案、引用例1及び引用例2の何れも共に貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんをおこなうことを防止する点で技術課題が共通している。」(審決書5頁15~18行)と認定しているところ、本願考案及び引用例考案2が、貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんを行うことの防止を技術課題とすることは認めるが、引用例考案1は、そのような技術課題を有するものではなく、審決の上記認定は誤りである。
すなわち、本願考案の技術課題は、本願明細書(甲第2~第4号証)に記載したとおり、偽造防止手段としてのホログラムラベルをはがそうとしてもそれ自身が破壊されるようにし、再使用できないようにすることである。これに対し、引用例考案1の技術課題は、引用例1(甲第5号証)の「本考案の目的は・・・ホログラムは軟らかい基材に形成されつつも、ホログラムの表面の平面性を確保することを目的とする。」(同号証2頁9~12行)との記載から明らかなように、偽造防止手段としてのホログラムラベルを、平坦な被貼着体に貼着して、ホログラムの平坦性を確保できるようにすることである。
被告は、ホログラムラベルを剥そう、あるいは剥がした場合、ホログラムラベルに何らの変化なしに剥がすことは不可能であると主張するが、引用例考案1のホログラム製品を被粘着体から剥離する際、粘着層を一体に有したままホログラムを形成した可撓性シート基材を、そのまま何らの変化なしに容易に剥がすことができるのは技術的に明らかである。
2 相違点についての判断の誤り(取消事由2)
引用例考案2は、多孔質層の層間剥離によってシールを破壊し、シールの再使用を不可能にしたものではないから、この点に関する審決の認定(審決書6頁6~7行)は、誤りである。引用例考案2では、偽造又は改ざんを防止すべき情報(押印又はサイン)を担持する層(多孔質層)が、剥離しようとする際に2層に分離され、一方の多孔質層が、シールに付着してその除去が困難なため、これを再使用すると元の押印又はサインが残っていて見えてしまうことにより再使用を防止するものである。これに対し、本願考案では、脆質層の剥離をきっかけにしてホログラムラベルを破壊するか、あるいは、脆質層の剥離により接着剤層を伴わなくなるので他の被着体に貼り付けることができなくなるものである。
すなわち、引用例考案2では、情報担持層が剥離の際に分離することによりその再使用を困難とするものであるが、本願考案では情報担持層ではない脆質層の剥離により偽造又は改ざんを防止するものである。そこで、仮に、偽造又は改ざんを防止する目的で、当業者が引用例考案1のホログラムラベルに、引用例考案2の多孔質層を適用する場合には、引用例考案1のホログラムラベルの情報担持層である可撓性シート基材又は金属薄膜に適用しようとするのが技術的にみて素直な考え方であり、金属薄膜と粘着剤層との間の何ら直接的に偽造、改ざんを防止すべき情報を担持していない部分に多孔質層を適用する理由はない。
しかも、引用例考案2の多孔質層は、印刷に関する技術文献である「わりやすい紙・インキ・印刷の科学」(甲第7号証)にも記載されるとおり、それを構成する顔料と合成樹脂との屈折率差を小さくするか、あるいは、顔料の粒径を細かくすることにより、透明とすることができるのであるから、このように構成した多孔質層を、引用例考案1のホログラムラベルの情報担持層である可撓性シート基材に適用することができるのは明らかである。
したがって、審決が、前記のように技術課題の異なる引用例考案1のホログラム製品に、「偽造または改ざんを防止する目的を以って引用例2の公知技術を適用して本願考案のような脆質層を形成することは、当業者であればきわめて容易に行い得ることである。また、その際、脆質層を反射性金属薄膜層と接着剤層との間に形成することは、当業者が適宜設定できる事項にすぎないものである。」(審決書6頁12~19行)と判断したことも、誤りである。
3 作用効果の看過(取消事由3)
本願考案が有する、被着体の表面の凹凸がホログラム部分に影響を与えにくくホログラムが鮮明に見えるという効果は、ホログラム部分(ホログラム形成層と反射性金属薄膜層)の下層に位置する「合成樹脂と前記合成樹脂を脆質化させる無機質微粉末とからなる脆質層」が、ホログラム部分に剛性を与えることによって得られる格別の効果である。また、脆質層によってホログラムの再生光の光路が妨げられ、ホログラムの再生に支障を来さないという効果は、無機質微粉末からなる脆質層を反射性金属薄膜層と接着剤層の間に配置することによって得られる格別の効果である。これらの効果は、引用例1及び2のいずれにも記載されておらず、その示唆もない。
したがって、これらの効果は当業者であれば予測可能な程度のものであって格別の効果とはいえないとする審決の判断(審決書6頁20行~7頁6行)は、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例考案1は、偽造防止用マーク等に利用されるホログラム製品であって、ラベル、ステッカー、シール等に用いられるものであり、スプレー、偽造防止用マーク等に利用されている。ホログラム製品が偽造防止用マークに利用される理由は、ホログラムの製造技術が高度でありその偽造が一般的には困難であるため、ホログラムラベルが被粘着体に粘着されていること自体が偽造の試みを断念させるからであり、それでもなお偽造の目的で被粘着体に粘着されたホログラムラベルを剥そう、あるいは剥がした場合には、当該ラベルを何らの変化なしに剥がすことが不可能であり、この段階に至っても偽造防止機能を発揮し得るからである。すなわち、ホログラムラベルを剥そう、あるいは剥がした場合、ホログラムラベルの被粘着体に、少なくとも粘着剤が付着する場合があることは当然に考えられるし、ホログラム形成層が破断して部分的に被粘着体に付着することもあり得るから、被粘着体上の押印、サインの改ざんを防止し得るものである。
したがって、審決が、「本願考案、引用例1及び引用例2の何れも共に貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんをおこなうことを防止する点で技術課題が共通している。」(審決書5頁15~18行)と認定したことに、誤りはない。
2 取消事由2について
引用例考案2は、多孔質層の層間剥離によってシールを破壊するものではないから、この点に関する審決の認定(審決書6頁6~7行)が誤りであることは認める。
しかし、引用例考案2は、多孔質層の層間剥離によってシールの再使用を不可能にしたものであり、審決における上記の誤認は、その結論の正当性に影響しない。
すなわち、引用例考案2は、押印用インキ又はサインインキが着肉吸収された多孔質層の層間剥離を利用して情報部(押印部又はサイン部)を破壊し、偽造、改ざんを防止するものであり、多孔質層の剥離をきっかけにして、情報部を破壊して偽造、改ざんを防止する点で、本願考案と技術的に共通している。本願考案と引用例考案2とでは、破壊される情報部の場所が異なるが、本願考案のようなホログラムラベルの場合に、脆質層中に情報部を包含させることは、ホログラム形成の支障になることから、考え難く、その相違は、ホログラムラベルか帳票かの用途の相違に基づくものにすぎない。
原告は、当業者が、引用例考案1のホログラムラベルに、引用例考案2の情報担持層である多孔質層を適用する場合には、引用例考案1の情報担持層である可撓性シート基材又は金属薄膜に適用しようとするのが技術的にみて素直な考え方であると主張するが、多孔質層が偽造、改ざんを防止すべき情報を直接担持する層であろうとなかろうと、いずれの場合でも、多孔質層が層間剥離により2層に分離されてしまえば、再貼着しようとしても元に戻らなくなり、その結果、偽造、改ざん防止に役立つのであるから、当該多孔質層を引用例考案1のホログラムラベルに適用する際には、必ずしも情報担持層を対象とする必然性はなく、むしろ、情報担持層とすることは上記のとおりホログラム形成の支障になることから、当業者ならば、実施に際して、情報担持層と粘着剤層の間か、あるいは粘着剤層に対して多孔質層の採択を試みるとみるのが自然である。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書5頁12行~6頁4行)に、誤りはない。
3 取消事由3について
以上のとおり、引用例考案1のホログラム製品において、引用例考案2の多孔質層を、引用例考案1の反射性金属薄膜層と接着剤層の間に形成することは、当業者がきわめて容易に行い得ることである。そして、本願考案の被着体の表面の凹凸の影響をホログラム部分に与えにくくする効果、及び脆質層によってホログラムの再生光の光路が妨げられホログラムの再生に支障を来さないとする効果は、このように多孔質層を金属薄膜層と接着剤層との間に適用することにより、当然に予測可能な効果であり、格別の効果とはいえない。
したがって、この点に関する審決の判断(審決書6頁20行~7頁6行)に、誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例考案1の技術課題の誤認)について
審決の理由中、本願考案の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定、本願考案及び引用例考案2が、貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんを行うことの防止を技術課題とすることは、当事者間に争いがない。
引用例考案1について、引用例1(甲第5号証)には、「(従来技術)ホログラムは立体像を記録し再生する上で極めて有効な手段であり、装飾品、デイスプレー、偽造防止用マーク等に利用されている。従来のホログラムとしてはガラス等の硬い基材に形成されたものやプラスチツクフイルム若しくは紙等の軟らかい基材に形成されたものがある。前者はホログラムの表面の平面性が確保されやすく、ホログラムの再生上好ましいが、重量がかさみ、体積(主に厚みによる)も大きい欠点があり、又、ガラスにおいては割れやすい欠点もある。後者は前者の欠点を解消するものの、基材が軟らかいのでホログラムの表面の平面性の確保が困難であり、従ってホログラムを再生すると色ずれ、パターンの変形が起こり、ホログラム自体の取り扱い中に傷や折れ曲がり等の損傷をひきおこすこともある。(目的)本考案の目的は上述の従来のホログラムの欠点を解消することにあり、ホログラムは軟らかい基材に形成されつつも、ホログラムの表面の平面性を確保することを目的とする。」(同号証明細書1頁12行~2頁12行)と記載されている。
この記載によれば、引用例考案1は、ホログラムが偽造防止用マーク等に利用されていることは開示するものの、その直接の技術課題は、重量や体積の少ない軟らかい基材においても、ホログラムの表面の平面性を確保することであると認められ、上記明細書には、貼着してあるホログラムのラベルやシールを剥離して偽造、改ざんを行うことを防止する点は、記載されていないものと認められる。
被告は、ホログラムラベルを剥そうとし、あるいは剥がした場合、ホログラムラベルの被粘着体に、少なくとも粘着剤が付着する場合があることは当然に考えられるし、ホログラム形成層が破断して部分的に被粘着体に付着することもあり得るから、引用例考案1は、被粘着体上の押印、サインの改ざんを防止し得るものであると主張する。
しかし、ホログラムラベルを剥そうとし、あるいは剥がした場合、常に被粘着体に粘着剤又はホログラム形成層が部分的に付着し、被粘着体上の押印、サインの改ざんが防止されるものでないことは、被告の上記主張からも明らかであり、引用例1には前示のとおりこの点に関する記載もないから、引用例考案1において、被粘着体上の押印、サインの改ざんの防止を考案として直接の技術課題としその解決方法を開示していると認めることは困難であり、被告の主張は採用できない。
したがって、審決の、「本願考案、引用例1及び引用例2の何れも共に貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんをおこなうことを防止する点で技術課題が共通している。」(審決書5頁15~18行)との認定は、誤りといわなければならない。
この審決における引用例考案1の技術課題の誤認が、審決の結論に影響を及ぼすものであるか否かは、後記2で検討する。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
本願考案及び引用例考案2が、貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんを行うことの防止を技術課題とすること、「押印またはサインの偽造、改ざんをおこなう目的で貼着してあるシールを剥離した場合、基板の表面剥離強度と較べて無機顔料を含む多孔質層の強度が十分に弱いため多孔質層が2層に分離し、シールの再使用が困難となり、結局、押印またはサインの改ざんを困難とする技術は、引用例2に記載されているように本願出願前に知られ」(審決書5頁8~14行)ていることは、当事者間に争いがない。
この技術課題に関して、引用例2(甲第6号証)には、「カッターナイフ等を用いて上記シールをきれいに剥がすことも可能であり、したがってシール剥離後お届け印欄の印影を削り取って別の印影を押印したりして改ざんし、再び上記シールを貼り直すことも不可能ではなかった。この考案は上記事情に鑑みてなされたものであって、通帳、証書等の帳票の押印欄又はサイン欄に付された押印、サイン等の偽造、改ざんを防止し得る帳票を提供することを目的とする。」(同号証明細書3頁3~11行)と記載され、具体的な解決手段として、「この考案は押印欄又はサイン欄を有する帳票において、該押印欄又はサイン欄に、インキに対して着肉吸収性の良好な多孔質層を直接又は剥離層を介して積層したことを特徴とする」(同号証明細書3頁12~16行)、「この多孔質層2としては炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、アルミナ白、けい酸カルシウム等の吸油・吸水性体質顔料を含む顔料箔又はインキが用いられ」(同4頁5~8行)、「押印欄又はサイン欄をシールしたのちに、他人が押印又はサインの偽造、改ざんをおこなうためにシール4を剥離した場合、紙質基板1の表面剥離強度と較べて多孔質層2の強度が十分に弱いため多孔質層2が2層に分離し、一方がシール4と付着し、他方が紙質基板1に残った状態となり、これと同時にインキ層3も同様に分離する。したがって、シール4の再使用が困難となり、又紙質基板1上に残ったインキ層3も印字が乱れるだけでなく、多孔質層2を残しながらインキを削除することは不可能となり、押印又はサインの改ざんが困難となる。」(同5頁1~13行)と記載され、引用例2末尾第1図には、上記記載に対応する実施例が示されている。
これらの記載等によれば、引用例考案2においては、貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんを行うことを防止するという技術課題の解決のために、押印欄又はサイン欄に、インキに対して着肉吸収性の良好な多孔質層を直接又は剥離層を介して積層したものを設け、押印欄又はサイン欄をシールした後に、他人が押印又はサインの偽造、改ざんを行うためにシールを剥離した場合には、当該多孔質層が2層に分離し、一方がシールと付着し、他方が紙質基板に残った状態となり、これと同時にインキ層も同様に分離することにより、押印又はサインの改ざんを防止するものと認められ、これは、偽造、改ざん防止の点で、本願考案における脆質層と同様の作用を有するものというべきである。
ところで、貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんを行うことを防止するという技術課題が、本願考案はもとより引用例考案2にも開示されており、本願出願前から知られたものであることは、前示のとおり原告も認めるところであり、その内容からみても、ラベル、シールの技術分野においてきわめて一般的な技術課題であると認められる。そうすると、このような一般的な技術課題の解決のために、引用例考案1のホログラム製品に、引用例考案2の解決手段、すなわち2層に分離する多孔質層を適用して本願考案の脆質層に相当する構成を採用することは、当業者にとってきわめて容易に想到し得るところといわなければならない。
ところで、引用例1(甲第5号証)の第4図に示された考案は、「反射型のホログラム」(同号証明細書4頁4行)であり、これについて、引用例1には「可撓性シート基材1にホログラム2を形成し、ホログラム2に接して金属薄膜3及び粘着剤層4を順次積層してある」(同3頁14~17行)と記載されている。
このような引用例考案1のホログラム製品に対し、該ホログラムを剥離した場合の偽造、改ざんの防止の観点から、引用例考案2に開示された2層に分離する多孔質層を適用しようとすると、その具体的位置としては、可撓性シート基材1と金属薄膜3の間か、金属薄膜3と粘着剤層4の間の2つの場合が想定されるが、いずれの場合も、他人が押印又はサインの偽造、改ざんを行うためにシールを剥離すれば、当該多孔質層が2層に分離することにより、本願考案と同様にラベルの再使用を困難とするものと認められる。ただし、引用例考案1が、上記のとおり反射型のホログラム製品である以上、可撓性シート基材1と金属薄膜4の間に多孔質層を介在させる場合には、当該多孔質層は透明性の高いものである必要があるから、当業者は、更にそのための技術的考察を要するものといえる。
原告は、当業者が、引用例考案1のホログラムラベルに、引用例考案2の情報担持層である多孔質層を適用する場合には、引用例考案1の情報担持層である可撓性シート基材又は金属薄膜に適用しようとするのが技術的にみて素直な考え方であり、当該多孔質層は、それを構成する顔料と合成樹脂との屈折率差を小さくするか、あるいは、顔料の粒径を細かくすることにより、透明とすることができるのであるから、可撓性シート基材に適用することができるのは明らかであると主張する。
しかし、当業者が、偽造又は改ざんを防止する目的で引用例考案1に多孔質層を設定しようとする場合、この目的を達成できることが最も重要であるから、層を設定することが技術的にみて困難でなく、偽造又は改ざんを防止することができる部分であれば、当該部分が情報を担持するものであるか否かに関わりなく、これを適用しようとすることは明らかである。そして、金属薄膜自体を多孔質層とすることは、技術常識上、困難であり、可撓性シート基材自体を多孔質層とするか、あるいはシート基材と金属薄膜と間に多孔質層を設ける場合には、前示のとおり当該多孔質層を透明性の高いものとしなければならず、そのことが原告主張のとおり技術的に可能であるとしても、当業者はそのための新たな技術的考察を必要とされるものであるから、当業者が、引用例考案1に本願考案の脆質層に相当する多孔質層を設定しようとする場合、新たな技術的考察を必要としない金属薄膜と粘着剤層との間にこれを設けることは、きわめて自然な事柄であるといえる。原告の上記主張は、引用例考案2の多孔質層が情報を担持する層であるという具体的構成に拘泥されるものであって、その考案の本質を理解しないものであるから、採用できない。
したがって、審決が、「引用例1に記載の偽造防止用マーク等に利用される『ホログラム製品』に、偽造または改ざんを防止する目的を以って引用例2の公知技術を適用して本願考案のような脆質層を形成することは、当業者であればきわめて容易に行い得ることである。また、その際、脆質層を反射性金属薄膜層と接着剤層との間に形成することは、当業者が適宜設定できる事項にすぎないものである。」(審決書6頁11~19行)と判断したことに、誤りはない。
3 取消事由3について
前示のとおり、引用例考案1のホログラムの反射性金属薄膜層と接着剤層の間に、引用例考案2に開示される多孔質層を配置した構成を採用することは、当業者が適宜設定し得る事項である。そうすると、引用例考案1においてこのような構成を採用すれば、ホログラム部分の下層に直接接着剤層が位置するものに比較して、被着体の表面の凹凸がホログラム部分に影響を与えにくくホログラムが鮮明に見えるという本願考案の効果を奏することは明らかであり、また、多孔質層によって、ホログラムの再生光の光路が妨げられホログラムの再生に支障を来さないという本願考案が有する作用効果を奏するであろうことも、当業者にとって容易に予想されるところである。
したがって、審決が、この効果は「当業者であれば予測可能な程度のものであって格別な効果とはいえない。」(審決書7頁5~6行)と判断したことに、誤りはない。
4 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成4年審判第4365号
審決
東京都新宿区市谷加賀町1丁目1番1号
請求人 大日本印刷株式会社
東京都新宿区市谷加賀町1丁目1番1号 大日本印刷株式会社 知的財産権本部内
代理人弁理士 小西淳美
昭和60年実用新案登録願第91260号「ホログラムラベル」拒絶査定に対する審判事件(平成5年11月15日出願公告、実公平5-44841)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
〔手続の経緯・本願考案の要旨〕
本願は、昭和60年6月17日の出願であって、その考案の要旨は、当審において出願公告された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「ホログラム形成層、反射性金属薄膜層、合成樹脂と前記合成樹脂を脆質化させる無機質微粉末とからなる脆質層、および接着剤層が順次積層してあることを特徴とするホログラムラベル。」
〔引用例〕
これに対して、当審における実用新案登録異議申立人・凸版印刷株式会社が甲第2号証刊行物として提示した実願昭58-71552号(実開昭59-178661号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和59年11月29日発行、以下「引用例1」という)には、偽造防止用マーク等に利用されるホログラム製品であって、可撓性シート基材の上面または下面にホログラムが形成され、その下面に金属薄層を積層し、更にその下面に粘着剤層が積層された、装飾シート、ラベル、ステッカー、シール等に用いられるホログラム製品が記載されている。
また、同甲第3号証刊行物として提示した実願昭57-200685号(実開昭59-102373号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和59年7月10日公発行、以下「引用例2」という)には、通帳、証書等の帳票の押印欄またはサイン欄に付された押印、サイン等の偽造、改ざんを防止し得ることを目的とし、上記の押印欄またはサイン欄に、多孔質層を直接または剥離層を介して積層し、その多孔質層の上にシールを貼着する帳票が記載されていると共に、上記多孔質層として炭酸カルシウム等の吸油・吸水性体質顔料を含む顔料箔またはインキが用いられることが記載されており、これによって、「押印欄またはサイン欄をシールしたのちに、他人が押印またはサインの偽造、改ざんをおこなうためにシール4を剥離した場合、紙質基板の表面剥離強度と較べて多孔質層の強度が十分に弱いため多孔質層2が2層に分離し、一方がシール4と付着し、他方が紙質基板1に残った状態となり、(中略)したがって、シール4の再使用が困難となり、(中略)押印またはサインの改ざんが困難となる。」(5頁1~13行)旨記載されている。
〔対比〕
本願考案と引用例1に記載されたものとを比較すると、引用例1の「ホログラムが形成された可撓性シート基材」、「金属薄膜」、「粘着剤層」及び「ホログラム製品」は、各々本願考案の「ホログラム形成層」、「反射性金属薄膜層」「接着剤層」及び「ホログラムラベル」に相当し、また引用例1においては、上記「ホログラムが形成された可撓性シート基材」、「金属薄膜」、「粘着剤層」が順次積層されていることから、両者は、「ホログラム形成層、反射性金属薄膜層、及び接着剤層が順次積層してあるホログラムラベル」である点で一致し、本願考案は、合成樹脂と前記合成樹脂を脆質化させる無機質微粉末とからなる脆質層を、反射性金属薄膜層と接着剤層との間に形成しているのに対して、引用例1では、そのような脆質層を有さない点で相違する。
〔当審の判断〕
上記相違点について検討する。
押印またはサインの偽造、改ざんをおこなう目的で貼着してあるシールを剥離した場合、基板の表面剥離強度と較べて無機顔料を含む多孔質層の強度が十分に弱いため多孔質層が2層に分離し、シールの再使用が困難となり、結局、押印またはサインの改ざんを困難とする技術は、引用例2に記載されているように本願出願前に知られており、しかも、本願考案、引用例1及び引用例2の何れも共に貼着してあるラベル、シールを剥離して偽造、改ざんをおこなうことを防止する点で技術課題が共通している。
さらに、引用例2に記載の「多孔質層」は、無機質微粉末に相当する炭酸カルシウム等の吸油・吸水性体質顔料を含み、一般に合成樹脂からなることが自明なインキによって構成されており、また、シールを剥離した場合、紙質基板の表面剥離強度と較べて多孔質層の強度が十分に弱いため多孔質層が2層に分離するようにしたものであって、多孔質層の層間剥離によってシールを破壊し、シールの再使用を不可能にしたものであることから、材質及びその作用において、本願考案における「合成樹脂と合成樹脂を脆質化させる無機質微粉末とからなる脆質層」と一致している。
してみると、引用例1に記載の偽造防止用マーク等に利用される「ホログラム製品」に、偽造または改ざんを防止する目的を以って引用例2の公知技術を適用して本願考案のような脆質層を形成することは、当業者であればきわめて容易に行い得ることである。また、その際、脆質層を反射性金属薄膜層と接着剤層との間に形成することは、当業者が適宜設定できる事項にすぎないものである。
なお、ホログラムラベルに脆質層を形成することによってもたらされる、被着体の表面の凹凸の影響をホログラム部分に与えにくくする効果、及び脆質層によってホログラムの再生光の光路が妨げられ、ホログラムの再生に支障をきたさないとする効果は、当業者であれば予測可能な程度のものであって格別な効果とはいえない。
〔むすび〕
したがって、本願考案は、引用例1及び引用例2に記載された考案に基づいて当業者が容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年12月12日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)